京都

戦国時代の火蓋を切った"応仁の乱"ゆかりの地

足利義政の後継者争いを機に、守護大名の家督争いが絡み始まった応仁の乱。有力大名らが「東軍vs西軍」に分裂して争い、戦いは11年にも及んだ。そしてこの乱は戦国時代の幕開けに通じる歴史上の重要なターニングポイントである。歴史の騒乱に思いを馳せるゆかりの地。

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応仁の乱の発端の地「御霊の森」

御霊神社(上御霊神社)

京都府京都市上京区上御霊前通烏丸東入上御霊竪町495番地

応仁の乱の始まりの場所となったのが、この御霊神社。東軍・畠山政長 vs 西軍・畠山義就の衝突がこの地で勃発し、応仁の乱が幕を開いた。畠山家の家督争いが発端だが、まさかこの両名もその後11年に及ぶ動乱の火蓋を切ったとは想像だにしていなかっただろう。

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花の御所跡(足利将軍室町第跡)

京都府京都市上京区裏築地町

足利義満が建てた将軍の邸宅であった花の御所を、東軍・細川勝元が占拠し、将軍足利義政に畠山義就の追放令を出させようとした場所。この企ては、義政の正室・日野富子に事前に察知されたことで失敗に終わる。

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日本最古の法堂建築

相国寺

京都府京都市上京区今出川通烏丸東入

数々の戦いが繰り広げられた応仁の乱の中でも、最も激しい戦闘だったとされるのが相国寺の戦い。激しい激戦の末、東西両軍に多くの死傷者を出したにも関わらず、勝敗はつかなかった。

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応仁の乱の本陣跡

山名宗全邸宅跡

京都府京都市上京区堀川上立売下る西入藤木町

西軍の大将であった山名宗全の邸宅。ここに西軍の本陣が置かれた。応仁の乱の戦火で山名家代々の邸宅は焼失し、今は石標が残るのみとなっている。今でもこのあたりは山名町と呼ばれており、往時が偲ばれる。

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応仁の乱で西軍が本陣を置く

西陣

京都府京都市上京区

高級織物で名を知られる西陣だが、その由来が応仁の乱だとは知らない人も多いだろう。山名宗全邸宅など「西軍が本陣を置いた地」であることが、まさに「西陣」の地名の由来なのである。

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京都市内最古の木造建築物

大報恩寺(千本釈迦堂)

京都府京都市上京区今出川七本松上ル

激しい動乱で京のほぼ全域が焦土と化した応仁の乱。その戦火を逃れて唯一残ったのがこの大報恩寺であり、京都市内に現存する建築物としては最古とされている。快慶作の仏像なども残った貴重な場。

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